総務の品格

 「編集は一度失敗しても次の企画がよければ挽回できる。でもね、総務の仕事はそうじゃない。120%やってもみんな当たり前だと思っているの。1つでもミスがあれば、その時点で怠慢だと思われるわ。だから総務の仕事は厳しいのよ」
 私が「総務」という職種に憧れた一言だった。「総務の品格」とも言うべきこの金言を私に教えてくださったある出版社の取締役が、先週ご病気でこの世を去った。今でも私は彼女がこの世にいないということが信じられない。
 一度だけ彼女と二人だけで土曜日に会社の留守を守ったことがある。たかがアルバイトの私が取締役と二人だけで過ごす機会などめったに訪れるものではない。私はかなり緊張したのだが、その緊張をほぐそうと、仕事のこともさることながら、幼少時代のこと、入社の経緯などいろいろな話をしてくれた。「私は会社と結婚したの」と自負するほど会社に対して強い思いをもっていらっしゃったこともあり、極端なところも多々あったが、それも彼女の魅力の一つであり、私にとっては尊敬する大先輩の一人だった。
 亡くなる2週間前にほんの数分、電話でお話しする機会があった。
 「体に気をつけてね」
 それが彼女から最後にいただいた言葉だった。
 私はたくさんのことを彼女から学んだ。だが、もっと、もっと学びたかった。心からご冥福をお祈りする。(J=大学院博士課程)