ドッペルゲンガー

 先月、電車の中で財布をなくした。
 当初は落としたと思っていたのだが、その後、数万円程度クレジットカードが不正使用されていたことがわかり、意図的に盗まれたかもしくは悪意ある人間が財布を拾ったということになった。
 まさか私がこうした被害にあうとは思いもよらなかったので、ひどく当惑したのだが、それよりも私以外の誰かがいとも簡単に私になりかわってクレジットカードを利用したという、この事実に私はひどく恐ろしさを感じた。クレジットカードが使用されたとき、不正使用した人間は誰にもなにも疑われず「私」として存在し、数万円分なにかを買ったのだ。その瞬間、私はその人間に「私」を乗っ取られたのである。
 近年、東京都のいくつかの区では、他人になりすまして住民基本カードを取得し、それをもってクレジットカードを作成し、不正使用するという犯罪が多発しているという。かつてドッペルゲンガーという外見がそっくりな「影」が、その人間のありとあらゆるものを乗っ取っていき、最後は本人になりかわってしまうというホラーがあったが、個人を情報として徹底的に管理するという一見、ドッペルゲンガーが生まれにくそうな現代社会こそ実は最適な環境なのではないだろうかと思ってしまった。もっともそのドッペルゲンガーは影などでは決してなく、私と同じ人間なのだが。(J=大学院博士課程)