さるすべり絆創膏におさまらぬ


さるすべり絆創膏におさまらぬ

 会社の子が、自転車で転んだと、両肘にデカい絆創膏を貼って現れた。 
 大人になって転ぶととても痛いんだよね、心的ショックも大きい。昔、酔って自転車に乗ろうとして、転んだことがあるのでわかる。痛さと、自転車に乗れないほど酔っているという事実に、絶望した。現場は一店舗分ほどの梅林の前だったので、白梅の木の下で「帰りたいのに帰れないよ〜」としゃがみこんで泣いた。もちろん絶望も何も酔っているゆえである。
 少しうとうとして元気を取り戻し、無事に帰宅したのだが、飲んだら乗るな!を身をもって知った深夜だった。
 私はつい、毎晩お酒を飲んでしまうのだが、この習慣のもとは、といえば、ビールを日々の栄養源にして逝ってしまった、ゼミの担当教授にある。修論を提出した翌日に、喀血して亡くなった教授の死は、たぶん私の何かを壊してしまったのだ。それから導かれるように毎夜、ビールを飲んで、いつしか習慣となった。
 それは、もしかすると、ふさがる傷口ではなかったのかもしれない。開いたままのかたちで、時が癒した。だけど、風が通り抜けるたびに、ぼおおと微かに音をたてる、そんな空洞が残っているのではないか、と思う。
 などと妄想しているところに、先生の奥様から郵便が届いた。奥様も俳句をはじめたらしい。句群のタイトルは「茄子の馬」。先生の魂へ、詠われていた。(すなみ・のりこ=出版社勤務)