愛はかげらう

死者が還ってくるというお盆の時期は、過去との邂逅も多くあるのだろうか。続けざまに古い知人と飲んだ。

中学と大学の時に知り合った男性3人。お互いに今の生活があって、それなりに長いブランクがあって、向かい合って飲んでいる。話が結婚・恋愛に及ぶと、少々居たたまれない気持ちになる。お互いフリーだったらなおのこと。

「変わらないね」と言うその人の顔を見る。私のどこかで下心が蠢いているのが分かる。この人と恋仲になり得るだろうか?今さら?今だからこそ?そういうことを、即座に色々考えたり計算したりする自分を恥ずかしく思う。GKなら、それは当たり前なのだが。
つい「私、合コンをしているんです」と言ってしまう。「え、結構遊んでるの?」なんて返ってくる。私は、色々な思いを、どういう風に話そうか、それとも流してしまおうか、考える。考えて、結局お茶を濁してしまう。

好きという気持ちはどういうものだったかな、と思う。きっと後先考えずに始まるものだったはずだ。環境とか条件とか心の隙間に左右されるならば、いっそのこと、それらを全部まな板に上げたGKでパートナーを探せばよい。そう思ってGK道を突き進んできたけれど、旧知を温めた位でセンチメンタルになるのはなぜだろう。

好きという気持ちはどういうものだったかな、と思う。
気が付けば夏ももう終わりである。(キューピー小村=GK<合コン>部長)