紙のお札の給料袋

 東急東横線に乗って渋谷駅から横浜方面に向かうすぐのところに、私が人生で初めて勤めた会社のあったビルが見える。
 当時、上京したてで右も左もわからなかった18歳の私を一から鍛えてくれたのがその会社の社長だった。彼女は当時28歳。夜は六本木で働きながら、昼はその会社を仕切っていた。
 たくさんのことを彼女から学んだが、特に忘れられないのは人生初の給料日の時だ。彼女は最初、紙で作ったお札の給料袋を私に渡した。これは彼女流のジョークなのだが、本物の給料を渡すときにこう言った。
 「これが人生最初の給料みたいだから敢えていっておくけれど、あなたは今月、このお金に見合う仕事をした?それを考えてこの給料を受け取りなさい」
 ほかにも、仕事に「できない」はない、仕事に「暇」という言葉はない、など「仕事する」とはどういうことなのかを徹底的に教えてくれた。彼女のやり方は時に厳しく、ほかのアルバイトや社員は彼女のもとを去り、最後はオーナーとも対立し、彼女が会社をあとにした。彼女の退社後、私もすぐに退社した。その会社はもう、ない。
 東横線からそのビルをみるたびに彼女のことを思い出す。心配になると同時に、どこかで強かに生きているんだろうな、とふきだしたくなる。私も今年ちょうど28歳。彼女がくれた紙のお札の給料袋は今でも私の宝物である。(J=大学院博士課程)